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均等耐荷重1段あたり300Kg。組み立て簡単。
組み立ての際、ゴムハンマーかプラスチック
ハンマー、木づち等があると便利です。
詳細は組み立ての手順をご参照ください。

ご注文は個人名、法人名どちらからでも承っております。
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サイズ:H1800×W1800×D750×天地4段(単体)

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文章:安東量子 

前回「ERD6564W 遠藤照明 ダウンライト ENDO_直送品1_」では、ダイアログの基本的な考え方について、ベラルーシでの取り組みから振り返ってきました。原発事故が起き、相互の信頼が崩れ、混乱したままの生活と社会が取り残されてしまった。そこから回復するには、いったいどうすればいいのか。今回は、その続きを考えます。


さて、こうした状況から回復するにはどうすればいいのでしょうか。

先に書いたように、そこに暮らす人たちは「なにがなんだかわからない状況」に放り込まれてしまいました。時間の経過と共に、それは強まるばかりです。

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この論文は、自分たちの世界を取りもどすためには、このひと言でいえば、「わけがわからない」という混乱した状態から、現実をつじつまの合う出来事として編み直していくことが大切だ、と指摘します。 つまり、自分たち--自分ひとりだけでなく、まわりの人と一緒に--起きたことや考えたこと、感じたことを整理しなおして、それがどういうことなのか、現在の状況がどういうことなのか、自分たちで言葉によって意味を与えていくのです。

そのためには、自分ひとりでやるのではなく、みんなでやったほうがいい。なぜなら、これはコミュニティや社会のなかでの共通の言葉が持てなくなってしまったことが基本的な問題になっているからです。同じ考えの人だけが集まるのでもダメです。事故直後にソ連政府が行ったような「隠蔽」は社会の不信感を強めます。透明性を確保し、社会に開かれたやり方で、いろんな人たちの考えを聞いて、話し合っていく。そうすれば、自分たちはどういう状況に置かれているのか、この問題は社会的に、あるいは自分個人にとってどういう意味を持つのかが少しずつ見えてくるはずです。そして、それがわかれば、現実を動かしていくための直接的、あるいは間接的な行動を取ることもできるかもしれません。

誰かに決められるのではなく、自分たちで解決方法を考えることができるようになれば、原発事故のあとの「どうすればいいかわからない」という状況は解消されていきます。そうすれば、ストレスの強い状況のすべてとは言わずとも、ある程度は、そこに暮らすひとりひとりの望みにみあったものへ変えていくことができるかもしれません。

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さて、こうした分析が行われたのち、EUの専門家によるチェルノブイリ原発事故後の被災地を支援するための具体的なプロジェクトが1990年代になってはじまりました。

ダイアログでずっと司会を務めていたジャック・ロシャールさんは、ベラルーシで行われたプロジェクトのメンバーでした。プロジェクトがはじまったからといって、すべてが順調に思うように進んだわけではありません。それどころか、ひとつひとつ手探りで、体当たりしながら作り上げていったようなものだったと言います。

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まだプロジェクトがはじまって間もない1990年の夏、旧ソ連のチェルノブイリ事故の被災地を訪れたときのことです。そこで、ロシャールさんは、待ち構えていた地元の村の人から、矢のような質問を浴びせかけられました。それが、実際の被災地の地元の人と顔を合わせる初めての機会でした。たくさんの質問、なかでも、「ここに住んでも大丈夫なのか、それとも引っ越した方がいいのか」という質問をぶつけられた時に、いいようのない無力感を覚えたといいます。もちろん、放射線防護の専門家としての専門知識は持っていました。けれど、と、彼は考え込んでしまったのです。

自分は目の前にいる村人たちの暮らしのいったい何を知っているというのだろう? この人たちがどんな暮らしをして、なにを望んでいるのかを知りもしないのに、まるで神様のように、この人たちの未来を指示するなんて、そんな資格を自分が持っているというのだろうか? 

苛立ちのこもった、自分を見つめる真剣な眼差しを見ながら、ロシャールさんはそう思ったといいます。

それからしばらく経って、ベラルーシの小さな村での活動がはじまって間もない時期の頃です。村人から放射能のことを教えて欲しいという要望がありました。それに応じて、放射能についての説明会を開くことにしました。村の集会所のような一室で、村人たちは椅子に座り、部屋の前方に、学校の授業のように資料を用意したロシャールさんが立って、説明をはじめました。10分、20分、30分……、ロシャールさんは夢中になって「講義」を続けていました。

雪の日のベラルーシの村 photo by Jacques Lochard

とその時、部屋の後方に座っていた仲間のひとり--先ほど紹介した論文の著者である社会学者なのですが--が、ロシャールさんの脇にそっとやって来て、囁きました。

おい、村人たちを見てみろよ。みんな、どんどんこわばった表情になっているのがわからないのか?

そこでハッとして、ロシャールさんは、自分の説明を聞いている村の人たちの顔を眺めました。そう、それまでは自分が話すことに夢中になって、村人たちの顔を見ていなかったのです。まず、そのことに気付いて愕然としました。そして、あらためて見渡してみると、みな憮然とした、あるいは怒りをたたえたような表情さえしているではありませんか。なぜこんなことに、ロシャールさんはとても大きなショックを受けました。その日の集まりは、そのまま打ち切りになりました。村人たちは、憮然とした表情のまま帰って行きました。

村人たちの怒り、それは、自分たちが知りたいのはこんなことじゃない、また、この専門家も意味のわからない説明でごまかしていこうとするのか、そういう怒りだったのかもしれません。

この日のできごともロシャールさんの大きな転換点のひとつになったといいます。

事故のあとのベラルーシでも、それまで放射能の測定は何度も行われ、科学者や専門家はたくさん来ていました。けれど、その結果が住民に説明されることはありませんでした。ただデータを取って帰っていくだけ。普段は表に出されることはありませんでしたが、村人たちの間には、そういう専門家への不信と怒りが渦巻いていました。

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原子力災害後の被災地では、実によく聞かれる、そして聞く人たちをぎょっとさせる言葉です。この言葉の背景には、危険にさらされているのはそこに暮らす人たちであるのに、情報も決定権も政府や専門家が握って譲り渡そうとしないことへの根深い不信感がありました。

こうした状況では、一方的な説明を行政や専門家が繰り返せば繰り返すほど、人びとの間には不信と怒りが生まれます。そこに暮らす人たちにとってなにが問題となっているのか、まず、そのことに耳を傾けることから、EUでのプロジェクトははじまりました。

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さっき書いたように、プロジェクトが始まってすぐに順調に進んだわけではありませんでした。上に書いたような様々な失敗を重ねながら、時間をかけて、試行錯誤を繰り返し、よりよい方法を探っていくプロセスを経て、やがて私たちのダイアログへとつながる方法が編み出されていったのです。

ベラルーシでの復興プロジェクトは長期に渡り、被災地での生活をよりよくしていくさまざまな活動へと広がっていきました。その活動は、放射線のリスクをできる限り低減しながら、被災地の人たちの暮らし向きを改善していくことを目標としていました。放射能汚染の残った状況のなかで、放射能をコントロールしつつ暮らしていくやり方を習得することが目標であって、決して放射線のリスクを「受け入れさせる」ために行われたものではない、ということは強調しておいていいことかもしれません。

最終的に誰かにとって受け入れることができるリスクとは、そのリスクに曝される本人が受け入れられると認めたリスクだけです。他の誰かにそのリスクを受け入れろと強要されるいわれはどこにもないのです。でも、事故後に放射能がある状態になってしまった場所でも、その場所で暮らしたいと願う人たちはたくさんいます。それならば、可能な限り安全に、そして、できる限り幸福に暮らせるようにしよう、それがこのプロジェクトの狙いでした。

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ベラルーシ側のプロジェクトにかかわった、ゾイヤ・トラフィムチクさんの2005年作成資料。
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このプロジェクトの経験を経てヨーロッパでまとめられたのが、私たちのダイアログに引き継がれる、ひとつの話し合いの方法です。

「IDPA method」 と名付けられたそれは、複雑な問題に専門家も一緒に取り組む時にうまく話し合えるように工夫されたものです。そこでは、公的当局の担当者も専門家も、地元の利害当事者も同じように「専門家」であるとみなされました。

「地元の人も専門家?」

そう思われるかもしれません。

でも、自分の状況について、自分以上に詳しい人はいません。自分の畑を耕す人は自分の畑の専門家です。自分の子供を育てている人は自分の子供の専門家、キノコ採りが好きな人はキノコ採りの専門家です。こういう専門家たちが集まって、状況を分析し、なにが問題なのか、どうすればいいのかを一緒に考えていきます。

ただし、これは現実に目の前の生活を改善していくことを目的とする話し合いですから、研究のための統計的調査でよくあるような、人口の分布にあわせて年齢、職業、階層を偏りなく集めると言ったことは必要ありません。現実になにか動いている人、なんとかしたいと思っている人、そういう自発的な意志を持った人たちが集まって知恵を絞るのです。これもベラルーシでの被災地の経験から学ばれたことでした。

IDPA methodを考案するベースになった原子力事故後の被災地の特徴を、この論文では次のように説明します。

・被災地の長期的な放射能汚染状況は、原発事故後に個人の、あるいは社会の価値観や繋がりの複雑な再調整を必要とします。そして、この変化は、原発事故前に既に用意されていたものです。

・この状況に対応するためには、しっかりとした法的、組織的な枠組みと、公的機関と技術的な支援組織の備えが必要となります。またそれだけでなく、被災地域のなかでの回復力も必要とされます。この回復力には、とりわけ重要なものとして、個人を含めた地元の活動する人たちの力量が含まれます。自分たちの状況と活動、包括的な地域コミュニティに関する状況を評価する力、また、自分たちの対応を新しく考え、地元・地域・国内での他の活動する人たちとの共通の戦略と調整していく力です。

・原発事故後に対する備えとしては、緊急時とその直後の時期も含めて、特に地元の利害関係者と公的当局とのあいだの新しいタイプのパートナーシップが開発していくことが必要とされます。

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こうした特徴を踏まえて考案された「IDPA」methodは、この集まりで話し合われる4つの構造化されたステップの頭文字をとったものです。

ステップ1:Identification確認

目的は、状況の特徴をつかむことです。関係者、関係組織、そして目下の課題/問題の棚卸しなど

ステップ2:Diagnostic of the action taken 取られたアクションの診断

目的は、状況に取り組むために既に実行された活動を評価すること、それからこれらの行動がどのようにステップ1で確認された課題/問題に対応しているかいないかを理解することです。

ステップ3: Prospective 展望

目的は、起こりそうな展開(よい展開、悪い展開、いちばんあり得そうな展開)を考えることによって、状況がどのように進展することができるか検討することです。

ステップ 4: (Proposals for) Actions 行動の提案

目的は、状況を改善するために実行されるための行動を提案することです。よい展開を促進させうる行動など。

IDPA methodについては、(まとめ)プラチナ万年筆 PRO-USE171シャープ0.3mm MSDA-1500A#9〔×10セット〕に詳しく記述されています。

EUが行っていたベラルーシの被災地支援プロジェクトは、1990年代後半から2000年代に大きく展開しましたが、被災地も落ち着きを取りもどしつつあったため、2008年に一区切りを迎えていたところでした。

そして、そんな時に起きたのがの東日本大震災と、それに引き続いた福島第一原発事故でした。

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日本でICRPがダイアログをはじめることになった経緯については、ジャック・ロシャールさんが「ICRPダイアログの取り組みのはじまり(The genesis of the ICRP dialogue initiative)」という文章にまとめています。

原発事故が起きてから、一ヶ月ほどが過ぎた四月半ば、ICRPの委員会がソウルで開かれました。そこでは、もちろん福島の原発事故についての話題が多くのぼり、皆、状況を案じていました。とりわけ、ベラルーシでの被災地支援の経験を持つロシャールさんのところには、日本人のICRPのメンバーからたくさんの質問がありました。その中には、日本でのダイアログの発起人となる丹羽太貫さんもいました。ロシャールさんは、言葉を尽くして説明をしますが、どうにも伝わらないという思いを抱きます。それは、質問をした側も同じでした。ロシャールさんの話を聞いても、どうにもよくわからない。話を聞くだけではわからないのなら、実際に行ってみるしかない。ということで、ベラルーシの原発近傍の被災地訪問を行うことが決まりました。とは言っても、スケジュールの調整を行って実際の訪問が行われたのは、9月のことでした。

ベラルーシで、生活の様子を見て、また先ほど書いたプロジェクトにかかわった地元の人たちの話を聞き、福島でも同じような取り組みをしてみるといいのではないかと話は進んでいきました。地元の人たちや日本の関係者、NPOにも協力を依頼し、最初のダイアログが開かれたのはと27日でした。

会場は福島市内にある福島県庁の一室で、タイトルは、「福島事故後の居住環境回復に関するダイアログ」‘Dialogue on the rehabilitation of living conditions after the Fukushima accident’ と決まりました。その時の参加者は40名ほどでした。第一回のダイアログは、その後のダイアログに比べると、どちらかというとお役所色の強い雰囲気であったようです。

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